【2019年】坂木司おすすめの本ランキングTOP7
まず好きな理由は日常に近いシーンが職場を交えながらよく出てくるので、共感できたり既視感(デジャブ)を感じられるところです。仕事とは9割が辛く1割が報われると感じるとすれば、9割の部分をお店のスタッフや先輩、お客様に励まされながらストーリーがいつの間にか進んでいるところが好きです。ときおり出てくる、とりあえずおいしいものを隣の人にあげてリラックスしようか、といった雰囲気はほっとできます。坂木司さんのおすすめの作品をランキング形式でご紹介します。
第7位.坂木司「動物園の鳥」
坂木司「動物園の鳥」がおすすめの理由
2004年の作品で、ひきこもり探偵シリーズで日常に潜むミステリーを描いた1冊。春の始まりとともにひと場面ずつ進んでいくチャプターは、主人公は第一人称の僕、ひきこもり探偵の鳥井真一が中心となっています。書き出しはさみしい気持ちを抱えた読者の共感を呼ぶもので、誰かを呼ぼうとしたり、またある時は呼べなかったりするひとり暮らしの僕、坂木司の心が部屋(本のページ)に映し出されています。彼の友人の鳥井真一は、コンピュータープログラミングといった玄人の領域にいるほどの頭脳はあるものの、ふとしたきっかけで精神が不安定になり対人関係で相手を傷つけたり自分も傷ついたりする繊細な性格の持ち主です。ふたりは木村栄三郎という年上の友人がいて、その友人を介した知り合いの高田安次朗さんが動物園でボランティアをしていると、野良猫の虐待という関わりたくなかった事件に遭遇してしまいます。犯人の姿かたちも見えてきません。ミステリーにはあるあるの展開で、犯人を特定するヒント探しに時間を費やした挙句、しばしば登場する薬品会社の営業の人の言葉の端々から原因を発見するにいたります。かごに閉じ込められて見えないバリアを作られ飛べなくなった、弱い立場の会社員や学校に通う生徒がなぜいじめに走ってしまうか、心の伏線をていねいに描きだしすくい取っている物語で、とても癒されます。
第6位.坂木司「仔羊の巣」
坂木司「仔羊の巣」がおすすめの理由
2003年の作品。私にとって好きな理由のひとつとして、書き出しが夏という部分にあります。恋愛と友情の境目はどこにあるのか、といった悩ましい区切りや、本音を取り繕って強く見せたいと虚を張る建前、そんな微妙なラインが見え隠れします。主人公の坂木司はありふれた会社員だと自負していて、職場とアパートの往復に飽き飽きしそうになりつつ、人と少し違った異彩を放つ、それでいて繊細な鳥井というひきこもりの探偵を自身の支えとして暮らしています。主人公は外資系の保険会社に勤めており、基本的には世話を焼くのが好きなタイプですが、あるとき会社訪問で発した生命保険についての質問の答えで、いまも悩み続けます。その回答とは、「他人の人生に興味のない奴ができる仕事じゃない」といった一言でした。しかし実際には事故に巻き込まれそうになるとそれはさけて通っているのです。そんな矛盾にも抗いきれないために、食卓に癒しを求めて坂木司シリーズにはおいしいお菓子やパスタ料理なども登場するのも楽しい部分です。見たくないものを突きつけられたとき、それから救われるためのセーフティネットがあれば、人生なんとか続いていくものなのです。
第5位.坂木司「青空の卵」
坂木司「青空の卵」がおすすめの理由
2002年にデビュー作となった作品です。個性的なキャラクターにも関わらず、なぜか一蹴することができない、憎めないふたりの男性が共依存のような形で登場しています。それをいとう人もいれば、どこか共感を覚えてストーリーにはまってしまう読者もまたたくさんいます。二人の男性とは外資系保険会社に勤めている坂木司とひきこもり探偵の鳥井真一という人物ですが、鳥井の生い立ちはミステリアスかつ哀しみを秘めたもので、父親は世界を飛び回り家にほとんど帰らない、母親は息子より仕事を優先したいので家庭を去ってしまう、祖母とはコミュニケーションがうまくいかずに意地悪されてしまう、辛いものでした。当然ながら自閉傾向になるものの、それと同時に彼の父親が外国とつながりがあるため、子供時代はクラスメイトの嫉妬と尊敬を買ってしまうのです。そんなアンビバレントな環境が、平凡な坂木司を引き寄せ、ニコイチといっていいような関係を作ってしまいます。ボタンのかけ違いがきっかけで簡単に傷ついてしまうのに、それでも人を愛したいという寂しさと望みがひしひしと伝わるので、私は人物像をきらいになることができませんでした。タイトルに含まれる青空の卵も、裕福や貧乏に関わらず誰しもに平等に与えられた景色です。
第4位.坂木司「シンデレラ・ティース」
坂木司「シンデレラ・ティース」がおすすめの理由
本格的な就職活動の一歩手前となる、職業体験といえばやはりアルバイトが一般的ですね。この作品では歯科衛生士の助手として働くことになったある女の子を主人公にストーリーが進んでいきます。その女の子は実は歯医者が苦手なのですが、母の策略で夏休みのたった1週間にも満たない周期で歯科でのバイト経験を積むことに!患者さんとしてはもちろん治療したい人がやってくるのですが、その人の抱えたプライバシーと人生の捉え方、またそれを取り巻く人間模様が脆くあたたかな場面を作っています。まだ若いので歯科医院のスタッフにも優しく見守ってもらえ、患者として訪れる人の心の動きも丁寧に描いてあり素敵な一冊だと思います。時間が経つにつれ歯医者恐怖(デンタルフォビア)をどう克服していくか、しだいに慣れていく主人公のサキの周辺で物語は進行します。義歯をつくって合わせようとする患者に寄り添おうとするプロの歯医者の登場シーンは、壊れてしまったものを修復する愛なしにはとてもできないと感じます。
第3位.坂木司「和菓子のアン」
坂木司「和菓子のアン」がおすすめの理由
デパ地下でアルバイトをしている通称アンちゃんの本名は、梅本杏子といい、餡子と読むわけではないものの和菓子の魅力にとりつかれています。そして自然に店長や同僚と一緒に和菓子販売の職業に携わる人生にたどりつきます。チョコレートやココアなど洋菓子のアルファベットにあらわれる思いとはまた一味違って、和菓子には日本にしかない奥深くて繊細な色づかいやネーミング、込められた願いなどの歴史が伝えられて、それを知った上で毎日の販売を繰り返します。和菓子に興味がわきませんか?上生菓子、おはぎ、お干菓子などなぜそのような名前が付けられるのか、彦星と織姫のキューピッドとなりたい鵲(かささぎ)をモチーフとした、七夕の季節の和菓子などロマンにあふれたものもあります。アンちゃんはおいしいおやつが大好きで、そのために少しふっくらとしているのがコンプレックスなのですが、悩みながらもデパ地下での「みつ屋」の接客を通して人間の内面の微妙な美しさを感じられる特権を与えられます。百貨店とはスーパーと違って高いので、それだけお客様の怖さもあれば、込められる思いも重たく美しいものです。試食になった紫陽花という生菓子、端午の節句のお祝いの兜、夏みかん、松露、柚子香、花菖蒲、おとし文、水無月など、食べられなくともあるだけで季節の移り変わりを感じとれる色彩豊かな和菓子が登場します。
第2位.坂木司「切れない糸」
坂木司「切れない糸」がおすすめの理由
卒業を控えた主人公の新井和也は、父がクリーニング屋を営む息子ですが、就職に苦痛を感じています。面倒見が良いというわけではないのに、困窮した同級生から頼られる状況を引き寄せてしまうような性格で、それは人望があるからというわけではない、と引き寄せてしまう自分に落ち込んでしまいます。損となる相談役を引き受ける運命にあるような性格です。背広やポケットをチェックして預かったにも関わらず、クレーマーに対しては頭を下げ続ける日常、それは、仕事に対しての困惑なのか、自分自身の優柔不断さに関するものなのか、着ているスーツに不自由を感じつつも社会人として愚痴を表に出すことがゆるされない身として葛藤の毎日です。1月には肌寒い中でお情け程度に効いている暖房に目を留め、懐かしの石油ストーブという古いタイプのものや、昔を思い出させるおばあさんを遠ざけたくともできないという心の揺れが、来るもの拒まず、去るもの追わずという微妙なシーンを映し出しています。犬と人間は対等ではなく、かよわい存在が自分を頼ってくるとき、見捨てられず断りきれない優しいつながりを描いています。目玉焼き、トースト、冷んやりしたサラダやコーンスープなど、どこにでもあるようなサイドメニューが誰にでも提供できる、温かさと夕陽が沈むようなやりきれなさが、なんともいえない涙を誘います。
第1位.坂木司「短劇」
坂木司「短劇」がおすすめの理由
星新一のショートショートではないですが、ブラックユーモアもまじえた短編が一冊になっています。この作品を7位からの作品からたどって最後の1位におすすめする理由はやはり、最初の方の作品では見せていた他者へ寄せる心情の揺れ、葛藤などが暗くブラックな結末へと変化してしまうという残酷さと面白さです。そこには人の弱さやトカゲの尻尾切りのような矛盾を多く含んでいて、遠くからみると安心できるが当事者になってみると笑えないという、ひどく単純で人間らしい構図が浮かび上がります。長編とは違い、短編では書き出し(起承転結の起)からフィニッシュ(結末)までの行間が詰まっていて、読者としては息をつくひまがほしいのですが、それを与えず一気に終わらせてしまう残酷さこそがショートショートの醍醐味となっています。シャーデンフロイデの心理学に代表される、他人の不幸は蜜の味というように、人の裏面は当事者でなければ興味深いものですよね。